ホスファチジルセリン

phosphatidylserine

ホスファチジルセリンとは、人間の体を構成している細胞の膜に存在するリン脂質の一種です。脳に多く存在しているため、脳の栄養素とも呼ばれています。脳の機能改善や、アルツハイマー病の改善、進行遅延に効果・効能があるとして注目を集めている成分です。

ホスファチジルセリンとは?

●基本情報
ホスファチジルセリンとは、人間の体を構成する約60兆個の細胞の膜に存在するリン脂質の一種です。
リン脂質とは、細胞膜を形成する主な成分で、体内で脂肪が運搬・貯蔵される際にたんぱく質と結びつける役割をし、情報伝達にも関わっています。
ホスファチジルセリンは、脳や神経組織に特に多く存在し、人間の場合では脳の全リン脂質[※1]の約18%を占めており、「脳の栄養素」と呼ばれるほど、情報伝達において重要な役割を果たしています。

ホスファチジルセリンは体内で合成される成分ですが、食事にも由来しており、肉や大豆に含まれる成分です。
また、食物由来のホスファチジルセリンは、そのままでは血液脳関門[※2]を通過することができないため、一度分解されることで脳内に入り、再合成されます。
脳内に入り再合成されると、アセチルコリン[※3]やドーパミン[※4]、セロトニン[※5]といった神経伝達物質を生産し、分泌量を増加させます。これによって、神経伝達物質の化学的な作用と電気信号がニューロン[※6]間でスムーズに行われ、情報伝達システムが高まり、記憶力の保持や増強が期待できるとされています。
ホスファチジルセリンは加齢に伴って生じる神経伝達障害や、代謝[※7]の衰え、脳内での神経接合の欠落により起こる記憶・判断・思考・集中力や平衡感覚などの低下に対して、脳の栄養素として働き、修復や改善に効果的な成分です。

●ホスファチジルセリンの歴史
中国には「似類補類(じるいほるい)」という言葉があります。これは、ある臓器の働きが弱った場合には、健康な動物の同じ臓器を食べれば良いという考えに基づいた言葉です。この考えに従えば、弱った脳の機能を改善するには、健康な動物の脳を摂れば良いということになります。

ホスファチジルセリンは、1941年にアメリカの生化学者Folch(フォルシュ)がウシの脳より分離したことから発見されました。脳に特に多く存在するリン脂質で、発見当初より脳機能との関連が注目されてきました。
その後、ホスファチジルセリンは様々な研究がなされ、1970代には脳内のグルコース(ブドウ糖)濃度の上昇作用があることが明らかとなり、1980年代には動物実験により記憶障害の回復作用があることがわかりました。
そして1986年にはDelwaide(デルウェイド)によってウシの脳から抽出したホスファチジルセリンの経口投与[※8]により、認知症が改善することが明らかとされ、以来、脳の機能を改善する素材として注目されています。
ホスファチジルセリンは、主に欧米で研究され、現在までで約3000件もの論文があると推定されています。そのうち特に重要な論文だけでも1997年までに64件が数えられ、そのうちの17件は最も信頼性の高い臨床試験である二重盲検法[※9]により実施されています。

発見当初はウシの脳から抽出されたホスファチジルセリンが使用されていましたが、脳1個から得られるホスファチジルセリンは1g程度にしかならず、BSE(牛海綿状脳症)を媒介する恐れもあることから、現在は大豆から抽出されたものをサプリメントなどに使用するのが一般的となっています。

●ホスファチジルセリンの体内動態と効果的な摂り方
ホスファチジルセリンは、摂取後約30分で血中に現れ、さらに数分後には肝臓への取り込みが始まります。その後、血液脳関門を通過し、脳へと到達します。
ホスファチジルセリンは、比較的多い量を最低でも1~2ヵ月は摂取しなければ期待通りの効果が得られないと考えられています。
現時点では臨床上の副作用の報告はなく、安全性が確認されています。また、記憶力をサポートするテンペンラクトン[※10]や、脳の栄養を補うためにDHAEPAを一緒に摂る方が良いとされています。

[※1:リン脂質とは、細胞膜を構成する主要な成分です。体内で脂肪が貯蔵・運搬される際に、たんぱく質と結び付ける役割を持っています。情報伝達にも関与している必要不可欠です。]
[※2:血液脳関門とは、血液中の有害な物質が自由に脳まで到達しないように働いている機構のことです。]
[※3:アセチルコリンとは、神経組織に存在する神経の興奮伝達物質のことです。]
[※4:ドーパミンとは、中枢神経に存在する神経伝達物質の一種です。運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わっています。]
[※5:セロトニンとは、精神を落ち着かせる働きのある神経伝達物質のことです。]
[※6:ニューロンとは、脳にある神経細胞のことで、 生体の細胞の中で情報処理の役割を持ちます。]
[※7:代謝とは、生体内で物質が次々と化学的に変化して入れ替わることです。また、それに伴ってエネルギーが出入りすることです。]
[※8:経口投与とは、口を通して体内に投与することを指します。]
[※9:二重盲検法とは、医学の試験・研究で、実施している薬や治療法などの性質を、医師などの観察者からも患者からも不明にして行う方法のことです。]
[※10:テンペンラクトンとは、イチョウ葉エキスに含まれる成分の一種で、血管拡張効果や血流促進効果があります。]

ホスファチジルセリンの効果

●脳の機能を改善する効果
ホスファチジルセリンは、脳の細胞膜を構成しているリン脂質の一種ですが、食物由来のホスファチジルセリンは一度分解されてから脳内に入り、再合成されることで脳の栄養となります。
再合成されたホスファチジルセリンには、血管壁や赤血球の細胞膜を柔らかくする作用があり、血流を改善する働きがあります。この働きによって、脳細胞の新陳代謝[※11]が活発になります。
ホスファチジルセリンは水になじみやすい性質があるため、細胞の内外両方に作用し、脳細胞の働きを強化する効果・効能が期待できます。
また、ホスファチジルセリンは脳細胞の膜を柔らかくすることから、脳細胞同士の情報伝達を高める働きもあります。脳細胞は、神経伝達物質の発信・受信によりネットワークを形成し、様々な感覚を司っています。この発信部と受信部の接合部をシナプス[※12]といい、この周りにホスファチジルセリンがあることで、より多くの情報を伝達できるようになるため、頭の回転が速くなるといわれています。
さらに、ホスファチジルセリンには、脂質の酸化を抑制する働きがあります。
酸化とは、体内に取り込まれた酸素が様々な理由によって攻撃的で毒性のある活性酸素によって、いわゆるサビつきを起こしてしまうことをいいます。
ホスファチジルセリンは脂質の酸化を抑制する効果があるため、脳の神経細胞死を防ぐ働きがあると考えられています。
これらのことから、ホスファチジルセリンは脳の機能を改善するだけでなく、高める効果もあるといえます。また脳の働きが高まりすぎている状態の時は、それを鎮める方向に作用するという報告もあります。【1】【4】【5】【6】

●アルツハイマー病の予防・改善効果
ホスファチジルセリンは、その脳に対する効果から、アルツハイマー病に対しても有効性が示唆されています。
アルツハイマー病の患者にホスファチジルセリンを1日200~300mg、60日~6ヵ月間摂取させた所、認識力や記憶力、注意力、集中力、学習力、異常行動などの改善が報告されています。
また、アメリカで実施された臨床試験においては、1日300mgのホスファチジルセリンを加齢性記憶障害の患者149名に12週間投与した結果、神経学的指標における改善が認められたとの報告もあります。
アルツハイマー病の確かな原因は明らかとなっていませんが、一般的には脳の血流を良くすることで、改善の方向へ向かうといわれています。
また、ホスファチジルセリンは神経細胞の若返りや維持ができると期待されています。
脳の海馬といわれる組織は、新しい記憶を保持する部分だと考えられています。アルツハイマー病では、脳のたんぱく質が変性・萎縮することが知られており、ウシの脳から抽出したホスファチジルセリンを毎日飲料水に混ぜて投与した老齢ラットは、海馬の細胞の密度が若齢ラットに近いレベルで維持されていたことが明らかになっています。
ホスファチジルセリンは、細胞膜を柔らかくし、血流を改善する働きがあるだけでなく、シナプスの働きもサポートすることから、アルツハイマー病に効果的だと考えられています。【7】

●ストレスをやわらげる効果
ホスファチジルセリンには、ストレスに対する効果も期待されています。
神経症を有する男性48人を対象に、ホスファチジルセリン1日300mgを1ヵ月摂取させた群と、プラセボ[※13]を摂取させた群に分け、気分および心拍数に及ぼす影響を調べた所、ホスファチジルセリンを摂取した群の方がストレスの度合いが少ないことが明らかとなっています。
これはセロトニンなどの気持ちを落ち着かせるための神経伝達物質の分泌を、ホスファチジルセリンが促すからだと考えられています。【2】【9】

[※11:新陳代謝とは、古い細胞や傷ついた細胞が、新しい細胞へ生まれ変わることを指します。]
[※12:シナプスとは、脳内の神経細胞の間で神経伝達物質を信号としてやり取りしている部分のことです。]
[※13:プラセボとは、偽薬を指します。被験者の期待などによる効果を軽減し、より信頼性の高い治療効果を検出できるとして、臨床試験などに利用されています。]

食事やサプリメントで摂取できます

ホスファチジルセリンを含む食品

大豆
○納豆
○豆腐
豚肉
鶏肉

こんな方におすすめ

○脳の健康を維持したい方
○集中力や記憶力を向上させたい方
○物忘れが多い方
○ストレスをやわらげたい方

ホスファチジルセリンの研究情報

【1】年齢にともなう記憶障害を持つ149名を対象に12週間、100 mgのホスファチジルセリンまたは偽薬を投与しました。ホスファチジルセリンを与えたグループは、学習能力と日常生活での記憶力の有意な改善が見られました。このことから、ホスファチジルセリンは老年期の記憶力の低下を改善する可能性があることが示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2027477

【2】ホスファチジルセリンを摂取することで、運動ストレスに応じてコルチゾールの分泌を緩和し、気分を高めたという前例があります。若年層において1ヶ月間毎日、300 mgのホスファチジルセリンを摂取することで、過度のストレスにさらされた場合でも、ストレスを減らし、気分を向上させる効果が見られました。このことは、ホスファチジルセリンにストレスを緩和する効果がある可能性を示します。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11842886

【3】ラット(3~24月齢)の大脳皮質をスライスし、その切片にホスファチジルセリンを15 mg/kg、30日間加え、アセチルコリンの分泌量を測定しました。結果として、慢性的にホスファチジルセリンを与えることで、アセチルコリン分泌が増加したことが確認されました。このことから、ホスファチジルセリンには老化の進行を抑える可能性が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/4088427

【4】ペンチレンテトラゾール誘発てんかん発作ラットを用いて、ドコサヘキサエン酸(DHA)およびホスファチジルセリンが酸化ストレス、行動記憶および空間認知に及ぼす効果を調査しました。結果として、何も与えないマウスでは著しく海馬中の細胞数、SODおよびカタラーゼ活性の減少、一酸化窒素量の増加が見られたのに対し、DHAとホスファチジルセリンの両方を与えたラットは、空間認識能力が向上し、脳と肝臓の組織におけるSOD活動が増強しました。このことから、DHAおよびホスファチジルセリンを補給することで、てんかん発作によって引き起こされる酸化ストレスから脳組織を保護する可能性があり、学習記憶能力を高める働きが示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22440676

【5】自覚記憶病訴のある8名の高齢被験者に6週間毎日、ホスファチジルセリン含有オメガ3脂肪酸を投与し、脳機能や注意力を検査しました。その後、言葉を思い出す試験を行った結果、42%の記憶力の向上が確認されました。ホスファチジルセリン含有オメガ3脂肪酸には記憶力の改善に効果がある可能性が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21103402

【6】健忘作用を引き起こすレセルピン(1 mg/kg)を与えたラットを用いて、ホスファチジルセリンの効果を調査しました。ホスファチジルセリン(25 mg/kg)を試験30分前あるいは試験直後に単回投与しました。この結果として、試験の24時間後および1週間後において、レセルピンの健忘作用を抑制しました。また、7日間、ホスファチジルセリン(25 mg/kg)を継続投与したところ、試験24時間後および1週間後でレセルピンによる健忘作用の減少が確認できました。これらの結果から、レセルピンによって引き起こされるカテコールアミン枯渇に伴う記憶欠損をホスファチジルセリンによって抑制する可能性が示されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10980275

【7】アルツハイマー疾患患者51名を対象に、ウシ皮質ホスファチジルセリン(100 mg)あるいは偽薬を12週間投与しました。また、偽薬の比較対象として複数の認知改善薬を投与したところ、軽度の認知機能障害の患者グループにおいてホスファチジルセリンの効果が顕著に現れました。ホスファチジルセリンによるアルツハイマー疾患の早期治療の可能性が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1609044

【8】ホスファチジルセリンの経口投与が健康な若手ゴルファーにおけるゴルフのパフォーマンスに及ぼす効果を確認するために、無作為二重盲検プラセボ対照試験を行いました。1日あたり200 mgのホスファチジルセリン(10名)またはプラセボ(10名)を42日間摂取させ、20回のティーショットの前後で、ストレス、心拍数および球質を調査しました。結果として、ホスファチジルセリンを与えたグループは大幅に球質が改善され、空間知覚能力が向上したことが考えられました。このことから、ホスファチジルセリンを摂取することは有意にゴルフのパフォーマンスを改善し、より良いスコアへとつながる可能性が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18053194

【9】身体的ストレスへの神経内分泌および自律神経の反応に対するホスファチジルセリンの活性を8名の健康な男性を対象に試験にて確認しました。ホスファチジルセリンもしくは偽薬を被験者の静脈に注入しました。運動の前後で血液サンプルを採取し、血漿中の、副腎皮質刺激ホルモン、コルチゾール、ドーパミンおよび成長ホルモンなどの量を計測しました。ホスファチジルセリンを注射した患者において、運動による身体的ストレスへの副腎皮質刺激ホルモンおよびコルチゾール反応で有意な低下が見られました。このことからホスファチジルセリンは、ストレスによるホルモンの過剰な分泌を抑制しホルモンバランスの崩れを防止することが示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2170852

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参考文献

・Psrris M. Kidd,PhD 著 ホスファチジルセリン(PS)驚異の脳細胞栄養素 ルーカスマイヤー社

・蒲原聖可 サプリメント事典 平凡社

・吉川敏一 炭田康史 最新版 医療従事者のためのサプリメント・機能性食品事典 講談社

・吉川敏一 辻智子 医療従事者のための機能性食品(サプリメント)ガイド―完全版 講談社

・Crook TH, Tinklenberg J, Yesavage J, Petrie W, Nunzi MG, Massari DC. 1991 “Effects of phosphatidylserine in age-associated memory impairment.” Neurology. 1991 May;41(5): 644-9.

・Benton D, Donohoe RT, Sillance B, Nabb S. 2001 “The influence of phosphatidylserine supplementation on mood and heart rate when faced with an acute stressor.” Nutr Neurosci. 2001;4(3): 169-78.

・Pedata F, Giovannelli L, Spignoli G, Giovannini MG, Pepeu G. 1985 “Phosphatidylserine increases acetylcholine release from cortical slices in aged rats.” Neurobiol Aging. 1985 Winter;6(4): 337-9.

・Liu SH, Chang CD, Chen PH, Su JR, Chen CC, Chaung HC. 2012 “Docosahexaenoic acid and phosphatidylserine supplementations improve antioxidant activities and cognitive functions of the developing brain on pentylenetetrazol-induced seizure model.” Brain Res. 2012 Apr 27;1451:19-26.

・Richter Y, Herzog Y, Cohen T, Steinhart Y. 2010 “The effect of phosphatidylserine-containing omega-3 fatty acids on memory abilities in subjects with subjective memory complaints: a pilot study.” Clin Interv Aging. 2010 Nov 2;5:313-6.

・Alves CS, Andreatini R, da Cunha C, Tufik S, Vital MA. 2000 “Phosphatidylserine reverses reserpine-induced amnesia.” Eur J Pharmacol. 2000 Sep 15;404(1-2): 161-7.

・Crook T, Petrie W, Wells C, Massari DC. 1992 “Effects of phosphatidylserine in Alzheimer’s disease.” Psychopharmacol Bull. 1992;28(1): 61-6.

・Jäger R, Purpura M, Geiss KR, Weiß M, Baumeister J, Amatulli F, Schröder L, Herwegen H. 2007 “The effect of phosphatidylserine on golf performance.” J Int Soc Sports Nutr. 2007 Dec 4;4(1): 23

・Monteleone P, Beinat L, Tanzillo C, Maj M, Kemali D. 1990 “Effects of phosphatidylserine on the neuroendocrine response to physical stress in humans.” Neuroendocrinology. 1990 Sep;52(3): 243-8.

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